金森赤レンガ倉庫

よくあるご質問

  • 倉庫はいつ造られたのですか?
  • A.最初に倉庫を建てたのは明治20年ですが、当時の倉庫は明治40年、まちの3分の2弱(12,390戸)を焼いた函館大火で焼失してしまい、その後明治42年に再建され、平成21年に築100年となりました。

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  • 倉庫を造った(建てた)人は誰ですか?
  • A.初代・渡邉熊四郎という人です。倉庫のほかにも様々な事業を立ち上げ、函館の経済と文化の発展に貢献した人物です。

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  • 渡邉熊四郎さんはどんな人だったのですか?
  • A.数々の事業や、公共事業で函館の発展に貢献した人です。その人柄から人望も厚く、又、函館の発展に尽くした功を認められ、函館四天王として、今も語りつがれている人物です。

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  • 倉庫は何のために建てられたのですか?また、何を預かっているのですか?
  • A.倉庫業を始めたのは明治20年です。その当時は、他社の店の荷物や、一般の人の荷物を預かって保管料をいただくという営業倉庫が函館にはありませんでした。物が豊かになる時代が来ることを感じていた初代・渡邉熊四郎が、函館で初めてとなる営業倉庫を創立しました。その当時預かっていたのは、主にするめ・昆布などの海産物及び米、北洋の缶詰、バラ塩鮭など。近年では海産物、雑貨類、米麦などの政府食糧が貨物の中心でした。現在は、水産加工物(珍味など)やアイス、冷凍コーン、段ボール、家財道具、自転車、昆布、海苔などを預かっています。

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  • BAYはこだての倉庫も渡邉熊四郎さんが建てたのですか?
  • A.BAYはこだての倉庫は、三菱商会函館支社の倉庫として明治15年に建てられました。金森倉庫と違い、自社の荷物を保管するために建てられた倉庫です。その後、明治18年に、三菱商会と共同運輸が合併し、新会社「日本郵船会社」が誕生、日本郵船函館支店となりました。昭和63年には、「レストラン&マーケットBAYはこだて」として生まれ変わりました。平成14年、日本郵船の函館撤退に併い、建物を譲り受け、金森赤レンガ倉庫の施設となりました。

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  • 金森倉庫の名前の由来はなんですか?
  • A.金森の曲尺(かねじゃく)は曲尺(かねじゃく)という記号からきています。この記号には、律義でまっすぐという意味があり、商売に駆け引きは不要としていた初代らしい屋号です。呼び方からお金の「金」にも掛けてあります。 森 は、初代が長崎で勤めていた薬屋「森屋」から名付けました。

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